表現のこと

 

撮影会モデルのバイトをはじめて3ヶ月経ったのだけれども、その所感。あ〜〜〜〜私が消える〜〜〜〜!!!!!モデルと言ってもめちゃくちゃtwitterして自己アピールして自分で予約を取らなきゃいけないし、当然のごとく卑屈で斜に構えてるようなこんな自分のままじゃダメな訳ですよ。下北沢を500段下げたようなクソ普段着と撮影会用のひらひら服は別に準備しなきゃならなくて、おはようんこおつか蓮舫なんてツイート出来るはずもなく。おはようございます☀︎ 今日もいちにち頑張りましょう(´,,•ω•,,`) 歯が浮く。

表現は自由なんだよ!自由こそ表現なのだから!!悔しい。悔しくてカメラマンさんのレンズに粘土ぶつけたいぐらいだ。表現を勝ち取りたいのに表現させられていて、圧倒的に敗北。文章も書く。絵も書く。歌も歌う。写真も撮られる。何にも特に突出していないから全部やるしかないし全部やった。文章を書きたいのではなく、表現をしたいのです。順序が逆。その痛々しいほどの欲求はどこからのものかは分からないけれど、生涯を費やすことになるんだろうね。ふんっ

 

天使のこと

こんなこと言わないんだけど、ほんとは。普段は。だって1に痛いし2に救いようがねえし3に私もう20だし でも泣きそうな夜だしね。ブログ久しぶりだしね。

 

自分のこと、神さまから遣わされた天使だと思ってる。っていう。これは一種の現実逃避で、一番精神が辛かった時期にある子に さくは天使として産み落とされたんだからいろんな苦労があるんだよ という慰めの言葉から起因している訳です。そうするとその時自分の周りに起こっていた多くの厄介ごとがしょうがないものになってストンと息をつけた。訳わかんないと思うんだけど。ぼくりりの炎上意識してないっすよ。

 

 

おとといの夢。

 

大学に入って初めて付き合った人は、同類だった。私を一目見て、天使やってるよね?って聞いてきた。なんやそれって感じだと思うんだけれど。ある日、いつまでも待っててって言われて、そのまま音沙汰なく半年間が経って、待てなくなった私が逃げ出した。その彼の夢。

まだ消していない彼のLINEのアカウントから、唐突に届いた長文メッセージ。待たせてごめんね、もう大丈夫だからおいで。って。

でももうダメなの私、人間なんだ。普通の優しくて愛をくれようとする彼と付き合って、吉祥寺の雑貨屋ではしゃいで、自炊をしたり洗濯をしたり、道で困っている白杖の人がいたら話しかけたりさ。そういうことをしてしまう、出来るようになっちゃった、人間なの。天使に戻れることはとても魅力的に思えた、何にも傷つかなくて済むし、助けを求める人たち皆を優しく包めるしね。でも今の私は車校の技能教官に怒られて泣いて、誰を救うどころか両手を広げて恩恵を求める人間の赤ちゃんなんだ。

バイバイ大好きだった天使さん。

 

 

文章力が低下したなァ

ぼくのなつやすみ

留学にも行かなかったし花火大会にも海にもどこかに旅行にもまとまった帰省にも、かといって何かに打ち込んだりもしなかった。それを勿体無いとも思わないので勝ち。勝ちだけれど有意義かと言われたらそんなことは全くないです。

彼氏と会う以外はコンビニに1日2回行くだけの生活なので、ベッドに寝転びすぎて腰が痛い。

 

唯一の変化はモデルのバイトを始めたことぐらい。主に撮影会のモデルなんだけれど、個々でtwitterをやって集客を自分でしなきゃいけない。twitter毎日更新してください。はい。風俗と同じシステムじゃんなどと思った。〇〇(活動名)さん、ネガティヴなことは書き込まないでください、自分を売る場所なんですから。ネガティヴっぽいやつは運営で全部消させてもらいました。すみません。でも私なんてネガティヴなことしか言わないんですよ。ポジティブで明るくて時々落ち込むけどへこたれずにちょっと抜けてるキャラ設定なんてしてしまったら一気に画一的。それともそれを本来の個性として持ち合わせる人間しかモデルには向いていないのか?おはようとおやすみとライオンぐらいしか言うことがなくなってしまった。モデルなんて自己顕示欲の最たるものだというのにこれじゃあまた真逆なんだよなあ。近々やめよ。

 

東京が大嫌い。だと気付いた夏だった。東京のどこが、というよりそのものが受け付けられないのだと。きっと私は秩序のあるものが苦手なんだろうな。かと思えば向上心の隣に無頼派が居たり、クリエイティブの隣に廃ビルが建って居たり、こんな街はもううんざりですよ。つまり東京っていうのは中高大学生が青春するための舞台だったりフリーターが夢を追いかけるステージだったり洗練された事物が集まる広場だったりつまり何かのための何かであって、それは極めて人為的であるからもう人が住む場所ではないんです。何かを手に入れたい時に、中央線に乗って行く場所なんです。だからぼくは東京が嫌いです。上京の末夢破れ、なんて経緯もないにも関わらず、目を閉じて実家を思い出すだけで泣いてしまうのです。

 

 

 

お酒のこと

酒との付き合い方、というものが全く分かりませんね。20になって半年、18の頃から未成年飲酒ガバガバのサークルにいたにも関わらず今の今までほとんどアルコールを摂取していない。なんて健康的、大学生としては不健康的。酒の失敗は大学生のうちにしとけとは言うけれども。店のトイレでゲロったことを武勇伝のように話したりだとか、インスタのストーリーに泥酔した仲間の様子を載せたりだとか、果てには酔った勢いのワンナイトラブだとか、大学生だから許されるよねっていうこういう色々を斜に構えてカッコ悪いと見てしまう人間。東京で暮らしていくのになんて適さない性質。大学生、酔ったもん勝ちだからな。酔っていかにセックスに持ち込むか勝ちだからな。そしてそれをいかに酒のせいにするか勝ちだしな。一向に負けてきた人間なので洒落にもならない。

そもそもアルコールの一切を美味しいと思えない時点で、酒そのものではなく酔った雰囲気を楽しむしか道はないのだけれど、そんなの虚構じゃないですか。素面から抜け出して無礼講無礼講お酒の力を借りちゃおうだなんてただの虚構。翌朝起きてしまえばなにもなかったことと同じなんです。可視化できないもの。夢。虚構は一人で楽しもうね。一人で楽しんだらそんなのはやけ酒だ。精神科に行け。お酒が飲みたいだなんて、お酒が欲しいだなんて、そんなのは病気なんです。お酒の成分も向精神薬の成分も実は同じ。だから飲んでも吐かないでよね。

ノリのこと

前の大学を辞めた理由をよく聞かれて、よく考えるんだけどあまり分からない。無理だ!と思ったから辞めただけで、その後世界一周の旅を経て中央線のドアで宣伝される自己啓発本などを書いたわけでもないし病床に伏せっていたわけでもないし何かしたわけでも何もしなかったわけでもなく、1年経て偏差値をガンさげて職業訓練校に入学しただけでめちゃくちゃ面白いな。って言ってみたけど別に特に面白さはないな。ふらふらっとした人間。という感じ。中退理由も一身上の都合、で通ったし。敢えて言うならノリが合わなかった。でもそんなのめっちゃ現代の若者。価値観が合わなかった。それ親の離婚理由。未来が見えなかった。それ元彼との破局理由。つまんな。ノリが合わなかったんです。ノリ、という幅広い語彙。例えば部活サークルの飲み会での乾杯。席を立って先輩にグラスを杯に行くのが同期の普通だったけど私はぽつねんとしてた。その時間が苦手すぎてトイレ行くふりして外で不思議ネット見てたこともあるぐらい。飲み会で酔った先輩たちの絡みを笑いながら動画に撮ってる同期の中どうしたらいいか分からなくて外見てたり あとは途中ですっと帰ったことすらある。ジャズは魂だ心だってそれを曖昧に濁して聞き流しちゃったり。私はソロも耳コピでやるんでいいですって一人だけのポジションをつくっちゃったり。それが全部、まああの子なら許されるよねっていう立ち位置を作り出したかといえばなんか噛み合わないなあと私が思っているせいで余計に浮き彫りになったり。集団が苦手なのかといえばそんなこともなくて、集団内のルールというか雰囲気の決まりというかそういうものを意識することなく楽しめることの方が多い。ノリが合わない、のノリって、なんとなく嫌い。ってことなんだろうな。それなんとなく嫌いです。

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もっとうまくやりなさいよって言うし思うのだけれど、嫌いだからね、しょうがない。流されて生きようね。

 

一学期の振り返り(よくできました)

LINEのトーク履歴、痛恨の黒歴史製造機。でも自分は物事をあまり覚えていられないから割と重宝していたりもして 例えばトーク内検索に 死にたい、て打ち込む。93件。生きたい、で検索、5件。そもそもわざわざ生きたいなんて口にする時点でソレのアレなんだよな。イチモツ。

死にたい、から辿ってトークを読み直す、ヤバい。流石に擁護できない。2年前、知り合って2日の人間、少しでもわたしを求めたと思った人間に対して見境なく怒涛の長文、死にたい。ぎりぎり人間の構成要素を満たしているだけの、ただの生き物。昔。今はほとんどの関わりのない私が築いた尸たち、みたいな。ダサい。

今期はフル単、成績優秀者。家には2匹の猫がいて、毎日のように彼氏と笑い合って、どこかに行けば誰かが私の名前を呼んでくれる。すごいなあ。私はいつのまにこんなに明るい場所に出ていたんだろう。

お前は相変わらず美しくないな。って、昔いきものみたいな誰かに言われた。でも美しさって結局のところ甘えなんだよなって。その誰かがいなくなってもそれは暗号として私の中に残って、ぐるぐる喉を鳴らしながら長考していたのだけれど、どうでもよくなった。私に向けられた私の言葉じゃないものなんて本当にどうでもいいな。

よくできました

 

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上昇運動

高校生の頃、勉強をしなかった。あまりにしなかったので私の大人として持っているべき教養みたいなものは中学からすっぽり抜け落ちてる。四六時中部活をしていた。四季折々部活をしていた。なんなら今日も部活に遅刻してパートリーダーにしこたま怒られる夢を見て泣いたぐらい、私の高校生活において縋るものはそれしかなかった。進学校だった。でも同じような境遇の人は何人かいて、テスト期間になるとつるんで、自分がどれだけ勉強していないかだとか今回は誰が合計点クラスビリになるか賭ける、とかそういうことをやっていた。テスト後に全校生徒に自分の校内順位とクラス順位が書かれた紙が渡される。

今回のビリは〜?……私で〜す!え〜さくちゃんか〜意外〜!でも納得〜 なにそれ怒るよ〜

みたいな 

部活を引退したら痛い目を見るよっていうのは言われるし言われる前から自分らで分かっていて。進学校っていう中で居場所をなくした落ちこぼれたちは落ちこぼれたことを面白いコンテンツとして外部出力しなきゃいけなかった 仮にも生徒の大半はいいとこ育ちのおぼっちゃまお嬢様だから、本気でビリの子をけなしたりなんかしなかった。もちろん、反骨精神が転じて勉強が出来る人たちを馬鹿にしたりなんてする訳もなかった。中には私と同じ部活で同じ活動をしながら成績トップを維持していた友達だっている。地元の中学で頭がいい勉強が出来るともてはやされて入学して自分の不器用さと根気のなさが露呈して手が回らなくなって、自滅。悔しかったし情けなかった。あれは誤魔化しだったんです。

一つ目の大学は、文章を書く大学だった。文章にしか特化していないから、成績は常によかった。二つ目の、今の大学は、とんでもなくレベルが低い。一つ目の大学から偏差値が30下がる。それでも行きたかったのだからしょうがない。私は自ずとすこぶる出来る子になった。だから周りにいらいらするようになった。やれば出来るのにどうしてやらないんだろ どうしてこんな簡単なことが出来ないんだろ もはや周りを見下すことにしかモチベーションを見出せない

もしかしたら高校の時の同級生たちも私らを見て頑張ろってなってたのかもしれない ごめんね 私、純度の高いモチベーションで動けなくなってしまってごめんね

 

 

みたいな話 つまんな

 

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