くるくる回る

 

おばあちゃんとおじいちゃんの夢を見た。

おじいちゃんは高校生の頃に、おばあちゃんは去年の初夏に死んでしまった。畑仕事に精を出し、近所に助けられまた助けながら、それでも80にもならず死んでしまった。あまりにも突然だったのと忙しない東京での暮らしとで 死 ということについて考えることを放棄して、1年。当人にとっての死、については考えてもしょうがない。真実があるものだから、あと数十年待つしかない。けれど、受動的死、というものについては私たちは考えることが出来るし、また、時には考えなければならない。考えることを放棄した時に人は宗教というものに縋るし、弱くなる。僕も何かしらを信じてみようかと思ったけれど、考えることを放棄したら死んでしまうだろうと分かったから十字架を踏んだ。あの人は今頃天国で見守ってるよ、だなんて、そんな情けない戯言は聞きたくなかった。

夢の中でおじいちゃんとおばあちゃんは存命で、空き家になってしまった岐阜の一軒家でごく普通に生活を営んでいて、僕はそれを神の視点から見つめながら2人とも死んじゃったのにどうして生きてるんだろうとか考えながら。少し前まで確かにあった暮らしを見つめて

僕を起こしたのは飼い猫だった。

去年の秋頃に死にかけていたのを拾ってきた茶色い雄猫。餌くれ餌くれと鳴く猫を見て、いのちはくるくる回るんだな、と思った。ふと頭に浮かんだ、くるくる回る、というフレーズが気に入って、くるくる回るいのちを想像して、なんだか腑に落ちた感覚、朝。僕の愛するこの猫も僕より先に死ぬ。くるくる回って、僕も僕の娘より先に死ぬんだ。

 

決意表明

 

文章を真面目に書いてみて、武器になるものは育てるものだから 

って言われて、え〜今も書いてるよおって笑ったら、真面目にだよって言われて固まってしまった、心。

 

確かに就職、出来ない。双葉杏ではないのでやれば出来る天才タイプではない。飲み飲み大学生でもないので面倒い面倒い言いながらちゃっかり出来ちゃうタイプではない。やったら出来ちゃった!なんてギリギリをだいぶはみ出してる

 

私には言葉しかない、言葉の力しかない

とかほざきながら、一度もそれを試したことはないんです。滑稽でしょう、笑いの種にして春に汚い花を咲かせて下さい。

すばる新人文学賞文藝賞も知っていて、どういう作風が受けるだとかここ最近の傾向はこうだとかしっかり調べておきながら自分を試したことはないんです。だって怖いから。陳腐でしょう、否定されたら自分には何もなくなる、だなんて。本気は怖い、だなんて。

私の唯一を、私は。

 

こういうだらっとサクッとした文章は誰にでも受け入れられる、推敲もしないしなんなら移動中の時間つぶしに書いてることが多い。だから好き。どんな文章にも言い訳したことはないけれど、自分で自分に対してならいいでしょう。

 

 

生きるために書きます。

私に何もなくなっても愛してあげて下さい。

日記

自分のこと凡人だと思っていないタイプですか?私はそうです、イタくてすみません。

非凡というと何か飛び抜けてる部分があるのだろうと思われがちというか非凡という言葉の意味がそもそもそうなんですが私にはなんもなくてわろたって感じです 

要は独特の世界観とか天然とかいうふんわりとした表現なんですね 悪口でも褒め言葉でもないふんわりとした形容

小学生の頃、めちゃくちゃよくデキた性格の子が 私が図工の時間に書いた絵を見て、個性的でいいね!と言ったんですが、めちゃくちゃよくデキた性格の子だな〜って感じじゃないですか?若干10歳にして。

その、そういう僕らは周りに同じような非凡を固めがちなんですけど、生涯を共にするパートナーだけは凡を選ばなきゃいけないんですよ。最近の持論です。凡人というのはそもそもの意味はあまり良くないんですが、常識がある・礼節がある・真っ当、この3ポイント抑えている訳なので、最高じゃないですか?最高です。裏を返せば僕たちは常識も礼節もなければ頭がおかしい。はい最悪。漫画やアニメやベンチャー系やら起業系やらだと後者が求められたり好まれたりしますけどそれは凡が凡を敢えて捨てているだけの話で必要な時はちゃんと備えてるんですね、使い分けが出来るわけです、ずるくないですか?ベンチャー系も起業系も嫌いなのでいいんですけど

私も凡に寄りたいので常識やら礼節やら頑張ってるんですがゴリラの背泳ぎみたいになってしまうんですね 非凡なんて書き方するとカッコいいだけで、僕たちはただの落ちこぼれだし今の言い方をすれば陰キャです 何も出来ないしそれにコンプレックスを感じながらインターネットの人間として生きていきましょう

なにかを残せなきゃ生きてる意味がないなんてそんな馬鹿な話はない訳なので、僕たちは凡人と結婚しよう 結婚しなくてもいいけど周りに1人は凡の友人を備えといてください さもなければ死ぬぞ

 

文学の論

小学生低学年のころ原ゆたか(解決ゾロリとかの)が好きで、中学年のころはママは魔女シリーズが好きで、高学年のころは青い鳥文庫が好きだった

小学生の頃から岩波文庫やら中央公論読んでたよっていう人はたまに居て、嫌味でもなんでもなくスゲーなと思う、私は今もそういう評論文は楽しくないから読まない。ただ相応の、というか、大人向けの文学、というか、とにかく原ゆたかもママは魔女シリーズも青い鳥文庫も今は読まなくて、多分読んでも主観として面白いなとは思えない。あの頃の私ならここが好きそうだな、という読み方しか出来なくて

通り過ぎる文学

というのを最近よく考えるんです

これは文字に限らず、アニメも漫画も文化的なものとしての文学

 

高校の時に最終兵器彼女を一気読みして大興奮して、母親に勧めたらよく分からない…という感想をもらって

確かにあれは素晴らしい作品だけれど、ある敏感な一時期(それがどこなのかは人に依って大きく異なるけれど)に駆け抜けるように読むことで感情が大きく発生させられるようにプログラムされていて、消費され通り過ぎられる文学なのだと

今アニメはどの層も楽しめるように、というか子供向けと見せかけながら実は大人が楽しめる、というようなカラクリを大人たちがにやにや笑いながら作っている訳だけれど、多分プリキュアけものフレンズも特撮も等身大の子供と通り過ぎてしまった私たちの受け取り方はまるで違うし、後者はどうしても厭らしさが混じるものなんだ  

例に依って私は浅野いにおが大好きなわけだけれど、多分10年後はまるでピンとこないと思う

通り過ぎていく文学に意味はあるのかな、

いや、必ず意味はあるしそこの否定は全くできないけれど、今は文学は消費されていくという前提だから、その現場にいる人たちのことが気になる

作家を目指すなんてやめてやるよって啖呵切る日も近いのかな

神様

生理が重すぎてベッドから動けそうにもなく、けれども致命的にズボラでありそれは発達障害的側面が強いので家にナプキンもなく、恥を忍んで彼氏におつかいを頼んだら、ディズニーのキャラクターとコラボした可愛いパッケージのものを買ってきてくれてなんて優しいのだろうと思った。(別にディズニーキャラクターが特別好きというわけではないけれど、女の子は往々にして可愛い方が喜ぶだろう、と生理用品売り場にはじめて足を踏み入れた彼は思ったのかもしれない。)

 

自分に何もないことに狂いそうな恐怖を覚えて、泣きながらとりあえず色んな資格受験に申し込んでしまう、夜。申し込み完了メールを見て呆れて言葉も出ない、朝。

 

楽しいことはあまりない。ソシャゲのギルドで1位になっても虚しさが残るだけだし、彼氏とディズニーに行っても帰りの電車で何かのお葬式に出た気分になって涙を流す。3年間一人暮らしをして炊事はある程度うまくなった気がするけれど、自分で作った何かはなんでも美味しいとは思わない。楽しいことがほとんどない、こういう心の内を友達と語り合った時だけ、楽しい嬉しいと似たような気持ちになる。安心?

周りに流されてクリスチャンになっちゃおうかなあなんて思う。粛々と祈りを捧げて、神様を望む毎日にすこし憧れたりするけれど多分私の神様ってとても怖いものだからなあ。 

 

昔、多分小学中学年ぐらいの頃、私には色々な声が聞こえた。今思えばそれは家庭状況に伴う精神の不安定さゆえのもので、思春期外来にでもかかるべきことだったのだろうけれど、神様の声だと思っていたから誰にも言えなかった。家の廊下の角に置かれた親のインド旅行のお土産だと聞いた木彫りの像はいつも私に話しかけてきた。トイレに行きなさい、だとか机に座りなさい、だとか。そんなはずはないのだけれどその時はそんなはずがあったから、意味もなく何回もトイレに行ったり何時間も机に座ったりしていた。言うことを聞かないと怖いことがあるよ、とインド像はいつも言った。小学四年生の頃に癌で死んだ父方の祖母の声も、お葬式から帰ってきた後から聞こえ出した。さくちゃんが〇〇しないと嫌いになるよ、って。小学校の頃はとにかく声が絶え間なく聞こえて、クラスメイトの声だとか先生の声がごちゃまぜになったものだとか。小学校の教室の床はいつも斜めに感じて、休み時間毎に消しゴムを転がしてちゃんと水平であることを確かめていた。静かな夜更けに起こされることもあった。私にとっての神様像というのはこんなただただ迷惑なもので、だから何かしらの信仰に入信するつもりはさらさらない。私のテリトリーは私だけのものだ、という意識が強いのだと思う。

あなたが神様に出会ったと思えば信じればいいよ、と礼拝堂で中指を立てる私に優しい周りは言うけれど、とっくの昔に出会っていて。cv.インド像と死んだおばあちゃんだけど。神様ってなんでしょうね。出会った人たちが出会っていない私に偉そうに諭し出すのはなんなんでしょうね。神様はいるけど、それがいいものとは限んないじゃんね。

 

部屋

部屋、というテーマで書き下ろしたものです。

 

 

 

 


  部屋。何もない。都内一人暮らし女子大生ワンルーム

来る人来る人が、本当に何もないね、というほどに。シンプルか、と言われればシンプルに見えるほどのおしゃれさは持ち合わせておらず、無印良品のモデルハウスみたいな?と聞かれればあんなに整っていない、と答える。今でこそ何故か猫を飼っているので少し乱雑さは増したけれど、とにかく生活に必要最低限なものがバランスやセンスを全く無視した色と素材と配置とで在る。

  今でこそ毒親だとかアダルトチルドレンという言葉がそういう専門界隈の意図とは微妙にズレた方向で流行っているけれど、自分も漏れなく“それ“であって、実家のリビングはリビングではなく、子供部屋は子供部屋ではなかった。部屋に置かれたソファーはただの座るものであったし、タンスは服を収納するものだけだった。違うんだ、家庭におけるソファーっていうのはもっと、こう。分かって欲しい。家族、の最たる記号なんだよ。座る座らないの問題じゃない。駅のベンチと同じ用途のものだよって、そんな悲しい話があるか。だから実家、と言われて思い出すことのできる風景は少ない。家の中、に限定すれば皆無と言ってもいいぐらい。

  高校生の頃は、思春期という枠組みを超えて不安定で、且つ周りを巻き込んで不安定になるような人間だったから-今も根本的にはそれは変わっていないけれど-、常にくっついて話を聞いてもらったり慰めてもらったりする先生がいた。その人は定年を控えたおじいちゃん先生で身長も小さくて和かだったからマスコット的な存在としてみんなに可愛がられていた。おじいちゃん先生は私がくっついたりちょっかいを出すのを避けながらでも満更でもなさそうで、だから暇を作っては職員室に入り浸っていた。私が上京してからもLINEやtwitterでの交流は続いて、ある日、いま千葉にいるから遊ばないか、と誘われた。当時の自分は大学に行ったり行かなかったり、とにかく無気力に自分を卑下することでなんとか生きているような有様で、高校の頃の栄光や思い出のようなものに縋っている部分があったのもあって電車を1時間乗り継いで千葉の海沿いの駅に行った。駅名は忘れてしまったけれど、怪獣より大きなアミューズメント施設が立ち並んでいて、私とその先生はアホみたいにでかい映画館で公開初日の君の名は。を観た。まだ話題になるずっと前で、この映画もしかしたらすごいんじゃないか、と興奮しながらエンドロールを観ていた、気がする。映画の最中には手を握られていた。それも気にならなかった。だって君の名は。すげえから。

そのあとホテルに行った。ホテルって言っても愛じゃなくて先生が泊まっている海沿いのビジネスホテル。コンビニでおでんを買って、部屋で食べて、なんとなくそのまま泊まることになって、SNOWで自撮りして遊んだりして、そのまま、小鳥が鳴いたぐらいのちっちゃなキス。明け方、寝ている私に覆いかぶさるように、触れるだけの中学生のキス。

かわいそうな人って、言ってあげるよ。って、当時付き合ってた彼氏は泣きじゃくる私に言った。寂しいって言い訳は嫌いだけど、かわいそうな人だね。かわいそうだって言って“あげる“。

   1年間、風俗で働いてた。デリヘル嬢-デリバリーヘルス嬢、いわゆるラブホの部屋にお届けされるやつ。渋谷道玄坂のホテル達を50周はした自信がある。同じ部屋なんて数え切れないほど使ったし、もはやどのホテルがどういう部屋だったかなんて憶えていない。はじめましてをしてさようならをする、仕切りのあるセックス。ガラス張りだろうが極論ガラス張りのまま渋谷のスクランブル交差点で見世物になろうがベッドがあって誰かが私を認めてくれればそれで良かった。それぐらいの、価値。認識。その頃は荒んでいたといえば荒んでいて、深夜に店をあがってその足で友達-いまは縁の切れたいわゆる身体のお友達-の家に泊まりに行っていた。ビッチだったという自慢でも、求められていたという女のプライドでもなく、複数人の家を渡り歩く、透明な水みたいな生活。お風呂を借りてベッドを借りて、朝5時に起きて少しだけ迷惑料のお金を包んだ後に相手を起こさないように家を出る。この生活は今はできないけれど、美しいとは思う。安寧を求めないことは美しいと思う。

簡潔に言ってしまえば、部屋、というものに永続性のようなものを求めていないし感じてもいない。いつでもどこへででも行けるように、何もないことが望ましい。居場所がない、なんてそんな体裁のいい悩みは持ち合わせていなくて、私の居場所はいつも私だった。それ以外のどこにもなかったし、それは当たり前のことだ。大切にしている人形や漫画や或いは家具はあるけれど、如何せん物にも金にも執着がないのでいくらでも買い直してしまう。明日オーストラリアに旅立ってくださいと言われればリュックひとつで日本を出るだろうし、その時部屋はまるごと燃やすぐらい、それぐらいじゃないといけない。安住の地なんて存在するはずがない。あるとすればそれは仕事を終えて渋谷駅から吉祥寺駅へ向かう京王井の頭線の赤いシートの上、高校生の頃の放課後に座っていた先生の隣の椅子、母親が私を殴った汚いキッチンの床、その日初めて出会った男の腕の中。そういうものをかき集めてひとつの形にして、それを部屋と言うならばそのなんと綺麗で無骨なことか。

部屋はいらない。部屋は安寧と安住そのものだから。まだいらない。でも必要になるときが来る、多分。今結婚を前提に付き合っている人は、社会から見て極めてまともで、きっと自分の部屋をこだわりと一緒に持ちたい人だから。必要になったら、また考える。

山河もない

 

小学生の頃から、自分は将来文章を書いてそれで生計を立てて生きていくのだと信じて疑わなかった。読書感想文の校内代表は小学校から高校まで私で、何かの公募に応募すれば面白いほど反応が返ってきて、親が唯一褒めてくれるのも私の文章力だった。毎日空に祈った。神様はいないと思うけど、小さい頃はいた。神様ありがとうございます。私に言葉を与えて下さって、私の中に言葉を下さってありがとうございます。私の武器は言葉しかなくて、いろんな人を傷つけたけれどその分助けようともした。森田の言葉はかみさまみたいだね。って、高校のとき片思いしていた女の子に言われて、よかったって思った。言葉があるから1人でもよかったし、言葉があるからこそいつも1人じゃなかった。

今はもう何もない。国も敗れたし山河もない。圧倒的な敗北。東京なんかに来てしまったからなのか自己破壊的な行動を繰り返してしまったからなのか、私の中には何もなくなった。神様ありがとう。せっかくくれたものなのに何にも成されなくてごめんなさい。

さよなら